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2011-12-29

日本が日本のアイデンティティを持ち続けること「一国一文明」



今日ボクが見た風景




下の写真は、支那のホテルにあるひざまづいた姿の東條英機元内閣総理大臣の彫像です。
あきらかに屈辱的な写真です。
もともとは、支那の「人民日報」に掲載された写真を、ある支那のホテルが

「従業員に国辱を忘れないように教育するため」と称して作って展示しているのだそうです。
ご丁寧に、首にロープまで付けています。

なんの人気取りかは知りませんが、日本で同じことをするホテルがあったら、

そのホテルはおそらくすぐに潰れます。
日本の客は、こういう行為に嫌悪感を抱くからです。



今日ボクが見た風景



日本は、南京市民の治安と福祉を守るために、昭和15(1940)年に、

南京に汪兆銘を首班とする南京政府を作りました。

汪兆銘は昭和19(1944)年に亡くなり、その墓は、孫文を祀った中山陵の傍らに作られました
このとき、後日墓をあばかれて遺体が辱められることがないように、なんと鉄鋼を混ぜた5トンものコンクリートで、遺体を厳重に保護しました。

ところが、終戦後、蒋介石率いる支那国民党は、戦時中に日本に協力した支那人達を、

一方的な「漢奸裁判」で虐殺します。

そしてすでに亡くなっていた汪兆銘に対しても、なんと150キロもの火薬で、

2回にわたってその頑丈な墓標を爆破。柩をあばき、遺体を火葬場に運び、

遺骨や灰もそこらの野原に捨ててしまった。

さらに彼の一族や関係者50数名を逮捕し、裁判にもかけずに銃殺し、遺体はゴミとして処理しています。

また、写真はないけれど、南京城の近くに、「民族罪人」と書かれたプレートを付け、両手を後ろ手に縛られ、中山陵に向かって跪いた汪兆銘の石像が建てられ、さらにその石像を、牢獄を想像させるような柵で囲んだりもしている。

それだけじゃない。浙江省には、汪兆銘と妻の陳璧君夫妻が、まる裸で、両手を後ろ手に縛られて跪かせた石像があり、かつては、支那共産党が、そこを通る人には、必ずその石像に唾を吐きかけることを義務付け、さらにそれを教科書にまで載せています。

こうした扱いは、なにも日本人や日本と関係のあった人たちばかりではありません。
歴史上の悲劇的な英雄である岳飛を裏切った秦桧は、その石像が広州の岳飛廟にあるけれど、九百年前の人であるにもかかわらず、半裸の秦桧と夫人、三人の従者の像が、跪いた形で柵の中に野ざらしで置かれ、ほんの十年ぐらい前までは、そこを通る人はみんなで像に唾を吐いていました。

さすがに最近の支那では、唾を吐くような野蛮な行為は支那でも禁止になっているようですが、もとよりこうしたアイデンティティは、日本には古来、まるで例をみません。


むしろ、南京戦についてさえも、当時の松井石根軍司令官は、南京に敵国民である支那軍の戦没者慰霊祭を行おうとしたし、彼は日本に帰還したあと、熱海市伊豆山に日中両戦没者を祭祀するための観音像を建立しています。

しかもこの観音像(興亜観音)は、当代一流の最高の人間国宝とされた陶工、加藤春二氏に作っていただいていますし、観音像を作るための材料には、わざわざ戦場となった南京市の土を取り寄せている。

興亜観音


今日ボクが見た風景




日露戦争で大激戦となった旅順では、乃木大将は、敵の将軍ステッセルと水師営で会見した時に、ロシア将兵の墓を整備する事を約束し、明治40年6月には、生き残った日本の将兵たちで、亡くなられたロシア将兵のための墓地をつくり、墓地の中央には高さ13Mの慰霊塔を建造しました。


どうやら、日本人と支那人のアイデンティティは、根本的に異なるといえそうです。


イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビー(Arnold Joseph Toynbee)は、著書「歴史の研究(昭和34年)」の中で、概略次のように説きました。

~~~~~~~~~~~
古代において世界には充分に開花した文明が21あった。
これらの文明は5つの系統に分けることができる。

そして5つの元になる文明が「独立文明(independent civilization)」であり、それ以外の文明は、その周辺に派生的に生まれた「衛星文明(satellite civilization)」にすぎない。

「衛星文明」というのは、「独立文明」の刺激を受けて発生し、独立文明に依存した、自立していない文明である。

東アジアでは、数千年前から支那文明が、ひとり「親文明」として先行していた。

日本に文明といえるものが登場するのは、大化元(645)年の大化の改新以降である。
この時期になってようやく日本は、支那文明から、唐の律令制を採り入れ、政治的都市を作り、文字(漢字)を使うようになった。宗教的には大乗仏教を輸入して、各地の国府に国分寺を建立した。
~~~~~~~~~~

トインビーの説は、支那が親であり、日本はそこから派生した子にすぎないという説です。

このトインビー説は、日本の反日思想家たちには非常にありがたがられたらしく、日本という国家を貶めたい人たちには、いわばバイブルのような学説となりました。


トインビー自身は、世界の文明を研究した歴史学者で、地球全体の文明史を解明しようとしたまじめな学者です。
ただ、彼自身は現実には日本の文化についての造詣が浅く、日本文明の特徴や日本文化の歴史について、必ずしも十分に理解していたとはいえません。

そもそもトインビーが支那にあったとしている「数千年前の文明」は、黄河文明もしくは、それ以前の長江文明を差しますが、これはおよそ7000年前のものです。

ところが、青森県外ヶ浜町にある大平山元1遺跡では、なんと16,500年前の土器が発見されています。

なんと黄河文明、長江文明よりも、さかのぼること1万年前です。


日本には、大化の改新以前に、すでに朝廷があり、都市もあり、いまも続く宗教(神道)が厳然として存在しています。文化も、都市も、宗教も、政治体制もあった。

大社のような壮大な建築物の存在も確認されているし、3世紀の魏志倭人伝にも、すでに邪馬台国の記述もある。
政治制度としても天皇を中心とした体制があったことは疑いのない事実です。

つまり、日本という国は、支那文明を親とする周辺文明などではなく、支那とは独立した別個の文明体であるといえるのではないかと思います。

さらにいえば、なるほど日本は古代において、支那から多くのものを取り入れたけれど、支那文化に大きな影響を及ぼした、科挙、宦官、纏足(てんそく)、食人習慣、一夫多妻、夫婦別姓などの習慣は、はまったく取りいれていません。

また、日本にあってシナにないのものとしては、仮名、幕府、武士、紋章、葬式、墓があります。料理も、日本料理とシナ料理はほとんど関係性がない。


吉田松陰は、次のように書いています。

~~~~~~~~~~
およそそ漢土の流儀は、天が人間をこの世に降したものの、その君となり師となる人物がなければ世の中が治まらぬので、必ず億兆の民衆のうちから傑出した人を選んで、これを指導することを命ずる。帝尭・帝舜や湯王・武王という人が、それである。

故に、その人物がその職責にふさわしくなく、民衆を治めることができない場合には、天もまた必ずこの人をその地位から引き下ろす。

傑王・紂とか、周の幽王、厲王のごときがそれである。

故に、天から民衆を指導せよと命ぜられた職責に基づいて、天が引き降ろしたものを討つのであるから、「放伐」ということに何の疑問をも抱かぬ。

日本は、天照大神の御子孫が天地とともに永遠にましますのであって、大神が開かれたこの大八洲、すなわち日本の国土は、大神の御子孫、すなわち天皇が末永く守られる。
~~~~~~~~~~

要するに、支那文明とその周辺文明である朝鮮文明と、日本の文明は、その根本からしてまるで異質なものだといえると思います。

ちなみに、文明というとすぐに思い出すのものに「世界四大文明説」があります。

人類の文明は、4つの大文明が最初に起こり、以降の文明はこの流れをくむというもので、ボクが学生の頃には、教科書にこの「世界四大文明説」がいわば、定説のようなカタチで載っていて、なにもわからないままテストに出るので、そのように暗記した。
要するに、教科書に書いてあることを無批判に受け入れていたわけです。

4つの大文明とは、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、黄河文明を差します。

ところが、よくよく考えてみると、世界には他にもメソアメリカ文明やアンデス文明がある。
黄河文明そのものにしても、最近の発見で、それより古い時代の長江文明などが発見されています。

現代歴史学では、「世界四大文明説」などは、実はとっくの昔に否定されています。

この「世界四大文明説」というのは、トインビーよりも少し古くて、支那の梁啓超(りょうけいちょう)が「二十世紀太平洋歌」(明治33(1900)年出版)で唱えたのが最初です。

彼はこの本の中で、「地球上の古文明の祖国に四つがあり、中国・インド・エジプト・小アジアである」と述べています。

梁啓超は、日本に亡命し、日本で学び、支那の民主化運動を図った清朝末期の政治家です。

彼は、清朝末期に、国が乱れ、支那が国家として再生するうえで、支那人達に自国の歴史への誇りと自信を深めてもらうために、いわば目的的にこの本を書いています。

ようするに彼は政治家であって、「支那には世界の大文明の一翼を担った歴史があるのだから、俺たち支那人は、もっとこの国に誇りをもとうよ」という主張をするためにこの「世界四大文明説」を唱えています。

つまり「世界四大文明説」というものは、学説ではなく、政治的に生まれた造語です。

実際、この考え方は、誇りを取り戻そうとする支那人たちには大歓迎されたけれど、欧米ではまったく評価されなかった。

ところが戦後日本の反日教育者たちには、この論を「政治的に」受け入れ、日本人の青少年に教育した。考えてみるととんでもない話です。


古代の文明はともかくとして、現代の世界の文明構造はどうなっているかというと、これについては、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」があります。
これによると「今日の」世界は、次の8つに分類されるのだそうです。

1 キリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする西洋文明(西欧・北米)、

2 東方正教文明(ロシア・東欧)
3 イスラム文明
4 ヒンズー文明
5 儒教を基礎とするシナ文明
6 カトリックと土着文化を基礎とするラテン・アメリカ文明
7 サハラ南部のアフリカ文明
8 日本文明

この中で、特徴的なのが日本文明です。
他の文明が、すくなくとも2つ以上の国家を含む者であるのに対し、日本だけは、一国一文明となっています。

ハンチントンは、文化が提携をうながすと説きます。

同一の文化圏では、たとえばアメリカとイギリス、フランスとドイツ、ロシアとギリシア、中国とシンガポールのあいだに存在するような、緊密な文化的パートナーシップが生まれます。

ところが、異なる文化圏同士では、文化的な紐帯ではなく、安全保障および経済的な利害による関係しか構築できないという。

そこで問題になるのが日本です。
日本は世界でもめずらしい、一国一文明の国です。
そして一国一文明ということは、日本が国を失えば、日本の文明も滅ぶ、ということになります。

日本は、戦後アメリカと緊密な関係を保ってきたけれど、日本の地理的な位置は、東アジアです。
そして最近では、支那が世界の東亜の覇権国家として台頭してきた。

そしてアメリカとも、支那とも異なるアイデンティティを持った日本は、この2つの大国のハザマにあって、両国とは異なる文化を持ちます。
文化が異なるということは、選択肢は2つです。

英米もしくは支那朝鮮の属国となるか、独立したアイデンティティを保持し独自の文化を維持するか、です。

中庸はありません。
なぜならそれは文明の衝突を意味するからです。

とりわけ、支那朝鮮文化は、異なる文化に対しては、徹底的な弾圧を加え、九百年経っても、石像に唾を吐き続けるというものです。

かつて、清王朝の聖地とされていた女真族の聖地「満洲」は、いまでは女真族文化そのものが完膚なまでに破壊され、支那の一地方と化しています。

北米にしても、もともといた五百万人のインディアンは、完膚なまでに文明を滅ぼされ、いまや全米にわずか35万人少数民族と化しています。

日本が、二つの大国に挟まれて、その中で生き抜こうとするならば、一国一文明の日本は、日本文明を捨てるか、日本文明を維持するか、明確な意思を求められることになります。

ここで問題なのが、世界の姿です。
世界の文化は、イスラム文化、英米文化、東欧文化、支那朝鮮文化、それぞれの文化圏は、互いに独立し、相いれない独自の価値観やアイデンティティで存在しています。

個人レベルではいかに親しくなれるとはいえ、国家レベルになると、もはやそこには文化を維持存続させるか、失って属国化するかという選択肢しか残されていないかのようです。

ところが、日本文化の特徴は、共存共栄の精神と調和の理念です。

つまり、すべての国のすべての文化を、それはそれとして受け入れ、相互に協力しあい、発展していこうというのが、日本という国の持つ基本的なアイデンティティです。

この日本の精神は、まさに、これからの世界において、もっとも求められるものです。
日本が日本文明を失うということは、日本という国がなくなるということです。

そして日本がなくなれば、世界は、世界のそれぞれの文明の接着剤を失うということです。

日本の持つ共存共栄の精神、調和の理念は、これからますますネットワーク化される世界に、もっとも必要とされるアイデンティティであろうかと思われます。

東アジア共同体とか、あたかも安全保障および経済的な利害関係さえ一致させれば、互いの文化が友愛できるなどとのんきなことをいう政治家や官僚もいるようですが、文化圏が異なる者同士では、相互の文化のどちらかが完膚なまでに破壊されるというのが、世界の姿です。

すくなくともボクは、日本に、敵国の元首相の銅像を作り、通行人に唾をはきかけされることを強要するような、

情けない、なんの徳義心も持ち合わせないような国になってもらいたくない。

そして、日本が日本のアイデンティティを持ち続けることこそ、

日本が最も世界に貢献できる道であると、信じています。


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