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2011-08-26

日本人から在日朝鮮人への差別とは

日本人から在日朝鮮人への差別とは

  

  在日朝鮮人は日本人へどのような犯罪を行ってきたのか



 差別とは、不当な条件によって不当な扱いをする行為を指す言葉です。従って、人種・門地・性別といった、本人の意思とは全く関係のない情報によって、その者を不当に扱う事が差別であり許されない事です。しかしながら、犯罪・テロといった類を根拠にするよる嫌悪感は、果たして差別と呼称できるのでしょうか。



 犯罪を犯すのは自分の意志です。例えば性犯罪者の再犯率を考えれば、一度でも罪を犯した者を若い女性やその家族が警戒する事を「差別なので悪い」としてしまえば、それは「差別」という語句をある種の聖域として悪用し、社会混乱を誘発する工作をしていると見なしても良いでしょう。



 宗教に関しても、一度テロや殺人事件を犯したカルト宗教団体に加入しているのは、本人の意思です。殺人などの反社会的行動をとった集団を警戒するのは当然の事であり、この警戒心も「差別」といってしまえば、前述した通り、反社会的集団を擁護する事によって社会の混乱を画策していると解釈しても良いでしょう。



 従って、「差別」とは嫌悪する理由に論理性が皆無の場合、例えば生まれや人種など、誰の意志でもない条件によって人を不当に扱う事を指します。嫌悪すべき理由に論理性が無かった場合、我々はそれを「差別」と呼称し、良心が痛み、行うことへ羞恥心すら感じます。



 しかし、嫌悪するのに理由がある場合、例えば殺人や各種破壊活動を行っていた場合、自己防衛の一環として、「警戒する」という態度をとる事を差別と呼称できるかは、甚だ疑問に思うところです。



 そこで、現在の日本人が持つ在日朝鮮人へ対する意識は、どのように形成されていったのかを解説していきたく思います。



 朝鮮人の犯罪の第一歩は初代内閣総理大臣の殺害から始まりました。これは誰もがよくご存じだと思うので割愛致します。そして、昭和7年には桜田門事件が発生します。朝鮮人テロリストの李奉昌が、爆弾を昭和天皇へめがけて投げつけ、暗殺未遂を起こしています。



 結果、昭和天皇の暗殺は幸いなことに失敗しましたが、警備をしていた人達に重傷を負わせました。この事件によって、当時の日本国民はとても大きな不安を覚えました。しかし、昭和天皇はこれを李奉昌個人の犯罪とし、朝鮮の人民にその責任を負わせることをしませんでした。セルビア人青年がオーストリア皇太子を殺害したことによって発生した第一次世界大戦の規模を考えれば、とても寛大な判断でした。



 また、同じ年の4月29日の天皇誕生日に、また朝鮮人テロリストが爆弾殺傷事件を起こしました。天皇誕生日の記念祝典に参加していた日本人を狙って、尹奉吉が爆弾を使用し、多くの日本人を殺傷しました。このテロで、白川義則上海派遣軍司令官と河端貞次居留民団長が殺害され、重光葵、植田謙吉、野村吉三郎らが重傷を負い、多くの日本人が殺傷されました。このような朝鮮人の犯罪が度重なる事によって、日本人の心の中には多くの不安が蓄積していきました。



 確かに、全ての在日朝鮮人がこのような悪質な犯罪をしているわけではありません。しかしながら、全ての朝鮮人誰もがこれらの犯罪へ対して謝罪の意を表していない事は事実です。それどころか、全ての朝鮮人が教科書等で上記に挙げた犯罪者を「英雄」として賞賛してさえいます。



 例えば、1972年には日本赤軍という日本人テロリストの集団がイスラエルのテルアビブ空港で機関銃を乱射し、イスラエル人約100人を殺傷した事件がありました。これについて、日本政府は同じ日本人が行った犯罪である事から「政府」として謝罪し、被害者のイスラエル人へ対して補償を行いました。



 仮にこのテロ事件以後、日本政府がイスラエルの人達へ対して謝罪も補償も一切せず、それどころかテロによって多くのイスラエル人を殺害し傷つけた日本人を「英雄」として褒め称えていたら、イスラエルの人達は日本人をどう思うでしょうか。「日本人は危険で嫌な奴らだ」と思われたとしても、誰もそれを「差別だ」と思う事はないでしょう。



 続いて戦後のお話です。戦争が終わると、朝鮮人達は「準戦勝国民」という地位を連合国から与えられ、その地位を利用して様々な犯罪をおかしました。以下に、その一部を少し紹介してみましょう。



 一番最初は1946年の「首相官邸暴動事件」です。約2000人の在日朝鮮人が「戦勝国民」の権利を謳って首相官邸に乱入し、警官隊や米軍憲兵隊と戦闘を行いました。



 1948年には同じくして「戦勝国民」の地位に酔った朝鮮人3万人が一斉蜂起し、様々な破壊行動を行い、米軍憲兵隊(MP:ミリタリーポリス)の指揮下で鎮圧され、約1000人の逮捕者をだし、また大阪と神戸では府県庁を襲撃して知事や役人に暴力を行った上で監禁しました。アメリカ軍は緊急事態命令としこれを取り締まり、累計2000名近い朝鮮人を逮捕しました。



 1951年、滋賀県では「日野事件」が勃発し、朝鮮戦争の戦禍から逃亡してきた朝鮮人50名が武装集団となり、警察を襲撃しています。



 1952年の「吹田事件」では、朝鮮戦争の開戦をお祝いしていた「在日朝鮮統一戦線」の学生達およそ1100名が「革命思想」をもと興奮し、警察や街の工場施設を襲撃した上で拳銃を奪って逃走しました。この事件では113名が逮捕されました。



 1954年に起きた第二の神戸事件では900名の在日朝鮮人が区役所や税務署を襲撃して破壊し、警官隊と戦闘を繰り広げ、188名の逮捕者をだしました。



 このようにして数々の犯罪を繰り返し、米国の占領中に発生した朝鮮人犯罪を米軍が統計した所、47年から50年までの間で、殺人・強盗が4656件、レイプが224件、放火が57件、傷害が17552件、窃盗が44494件も記録されています。



 集団での蜂起以外にも、朝鮮人個人の犯罪を朝鮮人全体が賛美した例も少なくありません。

 1958年(昭和33年)8月20日、東京都江戸川区の進学高校、小松川高校に通っていた太田芳江さんが何者かによって犯され殺された事件がありました。犯人は犯行後に遺体から遺品を盗り、送りつけて遺族の悲しみを煽ることで楽しみ、また警察へ対しては自分の犯行を楽しそうに語る電話をかけました。この様子は全国的にラジオで報道され、犯人の残虐性に多くの日本人が畏怖しました。



 後に逮捕された犯人である在日朝鮮人の李珍宇は、逮捕後に別の女性もレイプして殺した事を自供しました。通行中であった田中せつ子さん(当時23才)を突き飛ばして怪我をさせ、動けなくした所でレイプし、その後殺害しました。



 犯人の李珍宇は死刑判決を受けましたが、犯人の母親は「息子の行いへ対して死刑は重すぎる」と主張し、控訴・上告をしていますが棄却されています。また、「差別されているのだから強姦や殺人を行っても仕方ない」と主張する、在日朝鮮人ら数万人の減刑嘆願署名が集まりました。これには共産主義者文化人の大岡昇平も協力していました。



 このようにして当時、多くの在日朝鮮人が「我々は差別されていたので、日本人女性をレイプして殺しても仕方がない」という主張をしていました。これは、現在の朝鮮総連関係者が言う「植民地統治されていたのだから、日本人数名を拉致したくらいなんだ」という論調と酷似しています。



 注意すべき点は『一人の異常者が朝鮮人の中に存在した』という事ではなく、朝鮮人が総体として一人の異常者を擁護し、同調していたという所です。この事実をどう受け止めるかは各々によって違いますが、認識を改めざるえない注意すべき史実だと思います。



 続いて、1968年には同じく在日朝鮮人の金嬉老がライフル銃で日本人男性二人を射殺した上で旅館に立て篭もり、女性一人と九才以下の児童三人を含む九人を人質にとる事件をおこしています。この時もはやり同様に、金達寿らによって「差別されていたのだから、女性と子供を人質として虐待しても仕方がない。差別されていたのだから男性二人を殺害しても仕方ない」といった主張がされ、韓国では金嬉老を「日本人を殺した英雄」として賞賛するメディアが多数制作されました。



 このような惨劇の延長線上にあるのが、極めつけの拉致事件です。やはり、過去と同様多くの在日朝鮮人は「植民地統治の問題があるのに、拉致ばかり言うのはおかしい」といった主張を繰り広げ、まだ拉致被害者が帰国できていないのにもかかわらず、国際空間では「拉致問題は解決済み」という発言をしています。



 朝鮮人へ対して深い理解をする事は大切ですが、理解と盲目になる事は違います。彼らがどのような歴史をもっており、過去から現在に至るまでどのような姿勢をとり続けるのかという事を我々は認識しなければなりません。戦争が終わったとき、日本国内に約60万人いた在日台湾人へ対しては何も負の感情が無いのに、朝鮮人へ対してだけは何故存在するのか。我々は深く自らを省みる必要性があるのではないでしょうか。



 警戒すべき対象へ対して警戒をしないのは、無知を根拠とするもの。何も知らないから警戒することが出来ず、警戒する者を理解できないのです。警戒心と差別心は違う事を我々は理解せねばなりません。警戒心を差別だとすり替えて、様々な反社会的行動を正当化するためのレトリックに利用されている事を自覚しなければなりません。



 上記に紹介した様々な朝鮮人の行動が積み重なって、我々の心に警戒感を植え付けている事実は無視できないことです。我々は「朝鮮人だから」という事で差別をする事はありません。しかし、自分たちに危害を与える存在へ対して、負の感情を持つ事はあります。これは、そんなにいけないことなのでしょうか。



 このような状況下で一方的に我々日本人が朝鮮人へ対する警戒感を解いてしまったら、果たしてどうなるのでしょうか。繰り返しますが、大勢いる朝鮮人の中の一部だけに、上記に紹介したような一部の異常者がいるというのではなく、多くの朝鮮人が一部の犯罪者を賞賛し褒め称え、なおかつその罪を罪と思わず、教科書にまで載せて誇りにしているという事実を無視する事はできません。




http://www24.big.or.jp/~uyotama/chosen6310.html



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